奇跡の人(真保裕一 著)

世界の偉人、ヘレン・ケラーさんのお話ではない。

12年前に文庫で読み、そのまま手放さずに本棚の奥に眠っていた。最近それを急に思い出し、手に取った。

一度読んだ本でも、しばらく本棚で熟成させてから再読すると、二回目は違った読後感になれる。

それが面白くて、時々こういう読み方をする。

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結婚して子どもがいるアラフォーの俺が今、主人公に対して思うのは

いくら昔の彼女だからって、そんなに付きまとって大丈夫か?ということ。

若い頃ヤンキー(とは書いていないが、読んでいてそうとしか思えない)だった主人公が、交通事故で一度は脳死判定をされかかりながら命をとりとめる。しかし、一切の記憶がない。

体はいい大人だが、このままでは単なる肉の塊。もう一度人間として生きなおすため、言葉を覚えるところからやり直していく。

訳あって宮崎の療養病棟へ転院し、そこで8年間も過ごした主人公のリハビリの様子が「奇跡の人」なのだが、後半から話はびっくりな展開をする。

それが、上に書いたような主人公の行動だ。

最初に読んだときには、そうまでして(過去の)恋人を追いかける主人公の熱意に感情移入していたが、

今回読んだら、こんな人がいたら怖い。引くな・・・という気分になった。

そして終盤の彼は、悪魔のようにすごみを増す。デビルマンのような猛々しさがある。

序盤、病棟でほのぼのと過ごしていた主人公とは、全く別人だ。

結局、彼は恋人を追いかけ続けることで自分を取り戻す。欠けていた記憶が少しずつ埋まっても満たされなかったものが、恋愛という当人だけにしかわからない美しい記憶で、遂に埋まった。

昔の恋人への未練?とか記憶は、女性より男性の方が強いといわれている。

今は人妻になって穏やかに暮らしている彼女も、だから当然拒絶したし、

読者である俺も、彼女の行動に「まあそうだろうな」と、常識を感じた。

しかし、男子ならそういう話の一つや二つ、言えないだけで誰でもあるでしょう。

そしてラストには、彼との出会いによって新たに「生き直す」ことを選ぶ人が現れる。

ありえないと思いつつも納得するのは、主人公の彼が最初からずっと「生き直す」ことだけに取り組んできたからなのだろう。

(今は絶版のようです)

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